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中国に後れを取る米国:トランプ関税が招く「米国離れ」

シャングリラでのヘグセス演説米国のヘグセス国防長官は、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」(シャングリラ対話、5月30日~6月1日)に乗り込み、トランプ第2次政権のインド太平洋戦略について初めて包括的に明らかにした。毎年恒例の同会議には、アジア太平洋を中心に各国の国防・安保閣僚、軍高官らが顔をそろえる。ヘグセス氏は「中国の脅威は現実で、差し迫っている恐れがある」と、中国の覇権主義的行動を名...

安全保障と経済が混然一体となった米中のつばぜり合いが激化する中で、中国の対抗措置にトランプ米政権が後れを取っている。背景にあるのは、理不尽な関税措置がもたらす友好国の「米国離れ」だ。

シャングリラでのヘグセス演説

米国のヘグセス国防長官は、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」(シャングリラ対話、5月30日~6月1日)に乗り込み、トランプ第2次政権のインド太平洋戦略について初めて包括的に明らかにした。

毎年恒例の同会議には、アジア太平洋を中心に各国の国防・安保閣僚、軍高官らが顔をそろえる。ヘグセス氏は「中国の脅威は現実で、差し迫っている恐れがある」と、中国の覇権主義的行動を名指しで非難し、同盟・パートナー諸国との多国間連携や協調を通じて「共に世界と地域の平和を守る」と力説した(※1)

「米国第一主義」に不信感を募らせる国々が多い中で、ヘグセス氏はインド太平洋を「優先地域」と位置付け、協調と連携を重視する歴代政権の方針を継承する姿勢を強調することで、地域諸国の懸念の払拭に努めた。また、期間中に開いた日米豪比の防衛相会談では、4カ国の相互協力強化に向けた定期開催に合意した。日米豪3カ国の防衛相会談も開かれたほか、日米豪印による戦略対話枠組み「QUAD(クアッド)」にも言及するなど、地域や国際社会との協調をアピールした。

ASEANとGCCに近づく中国

だが、中国も負けてはいない。シャングリラ対話には「業務上の理由」で2019年以来続けていた国防相の派遣を中止し、「国防トップ対決」に備えた米国に肩透かしを食わせた。しかも、直前の5月27日にシンガポールと背中合わせにあるマレーシアの首都クアラルンプールで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)とペルシャ湾岸の「湾岸協力会議(GCC)」に初めて中国を加えた合同首脳会議には、中国の李強首相が大代表団を率いて参加した。

会議の議長を務めたマレーシアのアンワル首相は、ASEAN議長として「一方的な関税措置に対する深い懸念」を表明した。翌28日にはASEAN、GCC、中国の首脳の総意として「多国間主義の重要性を強調する」と明記した共同声明を発表し、立て続けにトランプ関税批判を展開した。

ASEANとGCCは2023年、初の首脳会議を開いている。GCC(6カ国)とASEAN(10カ国)の大半は米国にとって友好国だが、いずれも米中の正面対立には巻き込まれたくないのが本音だ。そのASEANがあえて中国を首脳会議に招いたのは、トランプ関税が「あまりにも理不尽」と受け取られたからだ。

トランプ政権は4月、中国製品の迂回(うかい)輸出を防ぐために周辺国にも高い相互関税を課した。中でもベトナムなどASEAN内の6カ国に突き付けられたのは32%~49%という高税率だったため、ASEANに衝撃を与えた。中国はすかさず、習近平国家主席がベトナム、マレーシア、カンボジア3カ国を歴訪し、「トランプ関税は自由貿易を無視した弱者いじめ」と非難して「反いじめ連帯」の結成を訴えてきた。

対米不信に便乗

それでなくとも、トランプ氏は1期目の政権を通じ、毎年秋に開かれるASEAN関連首脳会議に一度も出席したことがない。「ASEAN軽視」が以前から問題視されてきた。シャングリラ対話にしても、地域の対米不信を一掃できたかは定かでない(※2)

こうした不信感を利用するかのように、中国の李強首相は合同首脳会議で「この歴史的機会を生かしてグローバルな協力を高めよう」とASEANやGCCに経済開発、資源、エネルギー協力などを呼びかけ、反米、脱米ムードをあおった(※3)

ASEAN、GCC、中国の国内総生産(GDP)の総計は24兆ドル(世界全体の約2割)に及び、21億人超の人口も世界の1/4を超える。ASEAN内には、米国に依存せずに中国を仲立ちにして東アジアと中東・湾岸の産油地域を結ぶ巨大経済圏を目指す動きもある(※4)という。

米国が逆に包囲される事態も

中国はこれ以外にも、太平洋島しょ国11カ国の外相らを招いて、経済・安保協力と引き換えに「台湾独立反対」を掲げた会合(5月末)を開いたり、中南米諸国に働きかけて対米依存の脱却を呼びかけたりしている。

また、国際紛争を調停で解決する中国主導の「国際調停院」設立に向けた署名式が5月30日、香港で行われ、太平洋島しょ国やアフリカなどの32カ国が署名した(※5)。いずれも常に米国の先手を行く取り込み外交だ。このまま米国が手をこまねいていれば、中国がグローバル・サウス(アジア、アフリカ、中南米の新興・途上国)との距離を縮め、米国が逆に国際社会で孤立する構図になりかねない。

ウクライナ戦争や中東、イラン問題などに加えて、目先の関税交渉で手いっぱいのトランプ政権は、そうした危険に対する認識に乏しいのが現状だ。

日本外交にとっても、東南アジア諸国の米国離れが進むと、日米による対中抑止はもちろん、日本とASEANの関係や日中関係にも悪影響が及ぶ心配がある。今月開かれる先進7カ国首脳会議(G7サミット)や北大西洋条約機構(NATO)首脳会議などの場では、欧州などと連携し、トランプ政権に大きな視野に立って奮起するよう促すことが必要だ。

バナー写真:シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」(シャングリラ対話)で演説するヘグセス米国防長官=2025年5月31日(AFP=時事)

(※1) ^Remarks by Secretary of Defense Pete Hegseth at the 2025 Shangri-La Dialogue in Singapore,” DoD, May 31, 2025.

(※2) ^Pete Hegseth Talked a Big Game to Indo-Pacific Allies—but Trump Mistrust Runs Deep,” By Charlie Campbell, TIME, June2, 2025

(※3) ^China aims to capitalize on U.S. tariff turmoil with new ASEAN-GCC forum,” The Japan Times, May 28, 2025.

(※4) ^ 同上、“China aims to…,” The Japan Times.

(※5) ^ 読売新聞5月31日付朝刊『中国主導で紛争解決機関…「国際調停院」設立へ 島嶼国やアフリカ32か国参加』。

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