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目覚ましいスピードで進む中国のAI社会実装:“ウサギとカメ”ほどの差がある日本の生きる道は?

圧倒的なスピードで進む中国の技術開発と社会実装。「中国速度」と呼ばれるその身軽さとはどのようなものか、どのようなメリットデメリットがあるのか、そして米国や日本とはどのような違いがあるのか。本稿で考えてみたい。「中国速度」とは、主に大型インフラの建設や新たな技術の社会実装を目覚ましいスピードで成し遂げることを意味するが、強力に推進されていたトレンドを、フットワーク軽く転換することも含まれる。その「中...

中国発のDeepSeek(ディープシーク)が世界を驚かせた生成AI(人工知能)の世界。そのおひざ元では猛スピードで生成AIの社会実装が進む。中国の弱点と米国、日本の強みについて考察する。

圧倒的なスピードで進む中国の技術開発と社会実装。「中国速度」と呼ばれるその身軽さとはどのようなものか、どのようなメリットデメリットがあるのか、そして米国や日本とはどのような違いがあるのか。本稿で考えてみたい。

「中国速度」とは、主に大型インフラの建設や新たな技術の社会実装を目覚ましいスピードで成し遂げることを意味するが、強力に推進されていたトレンドを、フットワーク軽く転換することも含まれる。

その「中国速度」を改めて体感する出来事があった。5月12日、大阪万博・中国館で深圳ウィークが開幕した。中国を代表するイノベーション都市、深圳市の企業約60社のプロダクト、ソリューションが展示されている。その一つにテンセント(騰訊控股)の掌紋静脈認証があった。カメラに掌をかざすと本人認証が確認する。店頭決済端末での支払い認証やオフィスの入退室管理で応用される予定で、まもなく日本企業の採用例も発表されるという。

大阪万博の中国館(左、© nippon.com)と、展示されていたテンセントの掌紋静脈センサー=筆者撮影=
大阪万博の中国館(左、© nippon.com)と、展示されていたテンセントの掌紋静脈センサー=筆者撮影=

つい数年前までは、中国では顔認証がトレンドだった。テンセントのウィーチャットペイやアリババグループのアリペイなどのキャッシュレス決済が普及しているが、スマートフォンでQRコードを読み込む形式から、携帯電話すら不要でカメラに顔を見せるだけで支払い可能になる。決済以外でも高速鉄道の改札や展示会の入場口、マンションやオフィスの玄関などで採用が広がっていた。日本では2010年代後半にいわゆる「深圳ブーム」があり、中国が大胆かつ高速に先端技術を社会実装していることへの驚きが広がっていた。顔認証の普及もその一つだ。

それが今では、アリペイも日本のモバイルSUICAなどと同様のNFC決済を新たなトレンドとして採用するなど、中国のトレンドは顔認証から移っている。コロナ禍でマスクをつけるようになり顔認証が面倒な認証方式となったこともあるが、セキュリティに対する不安が広がったことが大きい。顔は常にむき出しの状態にあるだけに、盗撮されて本人認証に使われる可能性がある。また、認証のために顔写真の提出を求められることも多く、反発する人もいた。不安の高まりに対応し、中国最高人民法院は2021年8月に「顔認証技術による個人情報処理に関連する民事事件の法律適用の若干の問題に関する規定」を発表。事業者の法的責任を厳格に追及する方針を示している。

中国速度の功罪

顔認証技術を採用したレジやゲートを大量導入していたのにここから方針転換して入れ替えていくとなると、大変な浪費であることは間違いない。顔認証の潜在的リスクを十分に検討していれば、この問題は避けられた可能性もある。

一方で、「石橋をたたいた挙げ句に渡らない」ほどに慎重な日本社会で暮らしていると、普及と社会実験を同時並行で進めているかのように見える中国の大胆さがまぶしく映るのも事実だ。

中国では法整備よりも社会実装が先行することが多い。国全体が「事実上のサンドボックス」(サンドボックス=砂場とは、もともとはコンピューター技術の手法。外部から隔離された実験場を作り、自由なトライ&エラーを可能にする。転じて、規制緩和された特区などを作る手法もサンドボックスと言われるようになった)と言われるゆえんだ。

すべてが野放しなわけではない。たとえばドックレス型シェアサイクル。特定の駐輪場はなく街中いたるところに停車してある自転車を使うことができるサービスは便利な交通手段として支持された一方で、無秩序に散乱し交通の邪魔になるなどの社会問題を起こした。シェアサイクルが一定程度普及した後、政府は規制し、繁華街では特定の駐輪場を定める、事業者に車両管理の義務を負わせるなどの方針を打ち出した。2025年現在ではメリットとデメリットのバランスがとれたところに着地したようにみえる。

あるいは試した結果、禁止されたサービスもある。代表例はP2P金融(個人間金融)だ。貸し手と借り手をマッチングする金融サービスだが、個人の投資家が融資案件について十分な情報を得ることは難しく、詐欺の温床となった。

AI(人工知能)についても、中国速度は生きている。2010年代はディープラーニングの発展に伴い、コンピュータービジョンが飛躍的な成長を遂げた。前述の顔認識もその一つだが、さまざまな物体や動きをコンピューターが検出できるようになった。このコンピュータービジョンをどのようなプロダクトやソリューションに用いるのか、こうした社会実装の進展で中国は突出している。

私のお気に入りが「高層ビルからのポイ捨て検出AI」だ。ビルの窓からタバコやゴミをポイ捨てする不届き者の存在がニュースになった後に登場した。AI機能付きカメラが365日24時間ビルを見張っていて、落下物があった場合には映像を記録し、誰が捨てたのかを突き止めることができる。「そこまでやらなくても注意喚起でいいのでは?」「24時間カメラで撮られ続けているのはちょっと嫌だ」と考えるのが日本人的な発想だが、そのあたりの議論をすっ飛ばして、まず実装してみる中国速度の面目躍如ではないだろうか。

ほかにも、陽光厨房と呼ばれる飲食店のキッチンを見張るソリューションでは、スタッフが帽子を着用しているか、ネズミがでていないかなどをAIが検知する。建設現場ではヘルメットの着用有無をAIがチェック、工場では検査担当者が必要な資格を持った人物かをAIがチェック…と、応用できそうな場所にはとりあえずプロダクト、ソリューションを作ってみる姿勢が見て取れる。

DeepSeekが転換点に

この中国速度でのトライ&エラーは生成AIにも共通している。特に2025年に入ってから、その勢いは加速している印象だ。ある中国のベンチャー投資家が「生成AIはiPhone4のステージに突入した」と話している。

米アップル社が生み出したスマートフォン「iPhone」は、モバイル・インターネットという巨大産業を生み出すきっかけとなった。モバイル・インターネットは端末だけで完結するものではなく、スマートフォン上で動作するアプリや連携するサービス、あるいはスマートフォンを前提とした各種産業の変革へと大きな波及効果をもたらした。初代iPhoneは2007年の発売だが、裾野産業の成長が始まるまでにはタイムラグがあった。3年後、iPhone4が発売された2010年ごろからアプリや関連の爆発的普及が始まった。

生成AIも2022年のChatGPTリリースから約3年が過ぎた。当初は実用に使うのは難しかったが、この間に性能も大きく向上している。また、中国発のAI「DeepSeek」に代表されるオープンソースAIの性能も大きく向上している。オープンソースAIは利用者が無料で使え、しかも自由にカスタマイズすることができる。一からAIを作るほどの資金力はない企業にとっては大きなチャンスだ。

すでに中国では生成AI実装競争が始まったように見える。自動車メーカーは軒並み自社の車載システムにDeepSeekを統合したと発表。他にも病院、学校、金融機関、製造業などで、カスタマイズして制作した自社AIの実装が発表されている。地方政府までもがAI公務員を登用したとのニュースも出ている。大々的に宣伝されているAI実装例のうち相当部分は誇大広告でそれほどの実用性がないものだと推定しているが、中国速度で繰り出される圧倒的な手数の中から、世界的な“当たり”サービスが出てくる可能性は高いのではないか。

中国の弱点と米国、日本の強み

ことほどさように中国AIの発展を楽しみにしている私だが、中国の技術開発にも弱点があることは指摘しておきたい。ともかく身軽で手数の多いのが中国の特徴だが、その見切りの早さは長期的な研究を地道に続ける点ではマイナスとなる。民間だけではない。中国政府は国家政策として研究開発を進めるべき重要技術を選定しているが、すでに海外にある技術の国産化を図るか、重要だと海外で認められた技術が選定されており、奇想天外な探求を後押しする仕組みは弱いように思える。

比べると、ChatGPTを生み出した米オープンAIは、汎用人工知能(AGI)の開発というきわめて野心的なミッションのために2015年に設立された。それから10年、多くのブレークスルーが成し遂げられた現在でも、今の技術の延長線上にAGIが実現するのか懐疑的に見ている研究者も多い。それほどの先の見えないミッションに取り組めたこと、この無謀な目標に多額の資金が集まったことが、米国ならではのイノベーションではないか。

こうしたお国柄を考えてみると、日本にも強みはある。日本では自虐的な悲観論が広がりやすく、日本の技術はもうダメだと絶望している人も多い。ただ、ゆっくりでも技術の実装は続いている。

前述した深圳ブームでもてはやされたようなキャッシュレス決済、シェアサイクル、モバイル・インターネットの発展など、気がつくと日本にも広く普及している。中国ほど早くはないが、じっくり時間をかけて導入したせいか、使い物にならずに社会から消えていくものはあまりない。「ウサギとカメ」の童話になぞらえるならば、カメの日本はゆっくりでも着実だ。

AIについても、現時点では米中の華々しい競争に置いていかれた感は否めないが、取り組みは続いている。興味深いのは中国企業が高性能なオープンソースAIを開発したことで、それを二次開発する日本企業が増えている点だ。米中両国の技術トレンドを把握しつつ、ゆっくり着実においかける日本に歩みに期待したい。

バナー写真:中国国際消費品博に出展された、カクテルを作るロボット。同博では今回、AIを社会実装した製品が多く登場した=2025年4月、海南省海口(新華社/共同通信イメージズ)

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