高輪ゲートウェイ(JY26): 賛否を呼んだカタカナ駅名は江戸時代に築かれた「門」
1909(明治42)年に山手線と命名されて以来、「首都の大動脈」として東京の発展を支えてきた鉄道路線には、現在30の駅がある。それぞれの駅名の由来をたどると、知られざる歴史の宝庫だった。最終回は令和に開業した最も新しい駅「高輪ゲートウェイ」。横文字を駅名に採用したことが賛否を呼んだ。タイトルの(JY26)はJR東日本の駅ナンバー。
コロナ禍に「暫定開業」
JR東日本が2020年8月の東京五輪開催に合わせ、山手線に新駅を建設すると発表したのは2014年6月だった。プレスリリースには、「東京都港区港南」「田町駅から約1.3km」「品川駅から約0.9km」が設置場所、「山手線」「京浜東北線」が停車するとなっていた。
2020年3月14日、新駅は予定通りに「暫定開業」した。暫定とは周辺の再開発がまだ途上にあり、開発地区の「中核」「入り口」としてひと足早く新駅がオープンしたためだ。それから5年を経て、2025年3月27日に『TAKANAWA GATEWAY CITY』の第1期が “まちびらき”と銘打ってスタートし、駅も「全面開業」した。『TAKANAWA GATEWAY CITY』は今後も開発が進められる。
2025年3月27日に“まちびらき”した『TAKANAWA GATEWAY CITY』(著者撮影)
暫定開業時はコロナウイルスが猛威を振るっており、華々しい記念イベントは見送られた。さらに五輪開催も1年延期され、利用乗客数は伸び悩んだ。1日の平均乗車人員は2022年度が9247人、23年度が1万1110人(JR東日本調べ)で、現在のところ山手線駅では最下位だが、開発が進展すれば将来的に大幅アップが見込まれる。
新駅の名称が公募によって「高輪ゲートウェイ」に決まったのは、2018年12月4日だった。JR東日本が駅名を公募するのは初めてのことだった。
駅名にカタカナを使用したのが賛否を巻き起こした。当時の報道は、「山手線は東京を代表する路線。伝統的な地名にすべき」「横文字にすれば新しいと思っている時点で時代遅れ」など、利用者らから酷評も少なくないことを紹介している。
JR東日本の公表によれば、公募結果は1位「高輪」、2位「芝浦」、3位「芝浜」、4位「新品川」「泉岳寺」が同票。「高輪ゲートウェイ」は130位で、わすが36票だった。
駅名の候補となった「芝浦」の埠頭に入港する大型船(昭和初期)。芝浦埠頭は高輪ゲートウェイ駅から約3キロメートルの距離にある(『大東京寫眞帖』国立国会図書館所蔵)
トップ4のうち、現在駅名としてあるのは「泉岳寺」(都営浅草線)だけである。「高輪」は大正末〜昭和初期(1925〜33)に京浜電気鉄道(京浜急行電鉄の前身)の駅名にあったがすでに廃止されている。「芝浦」「芝浜」もない。いずれかが採用されても、おかしくはなかった。
高輪は伝統ある古(いにしえ)からの地名
「ゲートウェイ」とは「関門」のことであり、江戸の南の玄関口にあたる「高輪大木戸」(詳細は「田町駅」を参照)に由来する。大木戸は1710(宝永7)年に「札の辻/ふだのつじ」と呼ばれた二叉路から移設され、江戸に出入りする人・物を監視した。現在も駅の550メートル北、第一京浜国道沿いに石垣の遺構が残っている。
JR東日本は駅名に対する批判に、「大木戸=ゲートウェイとしてにぎわいをみせた地であり、歴史を受け継ぎ今後も交流拠点としての機能を担うことで、過去と未来、日本と世界、そして多くの人々をつなぐ結節点として、街全体の発展につながるようにとの願いを込めて選定した」とコメントした。
『麻布新堀河ヨリ品川目黒マデ絵図』に「大木戸」の文字(国立国会図書館所蔵)
高輪大木戸は江戸の名所だったため、多くの絵が残っている。これは『東都名所 高輪月夜』(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)
『東都名所 高輪全図』。描かれている石垣は保存されている(国立国会図書館所蔵)
一方の「高輪」はそもそも「高縄」と書いた。「縄」とは古代から中世後期にかけての条理制(土地区画の管理)にある用語で、縄を使って道を測量したことに由来し、真っ直ぐで長い道を「縄手道」といった。高台の縄手道が「高縄」→「高輪」に転じたというのが文政期(1804~29)に編さんされた地誌『新編武蔵風土記稿』に出ている説である。
そうだとしたら古くからあった地名だろう。この真っ直ぐな道は、駅の西にある二本榎通りを指すのではないかと考えられている。
また、『吾妻鏡』1189(文治5)年の章には、源頼朝が奥州藤原氏を討つ際に従軍した「高鼻和太郎」という人物の名がある。高鼻和は高輪を指し、この地に住んでいた武士と推定される。続いて1524(大永4)年、後北条氏の第2代当主・氏綱が、武蔵国江戸城主の上杉朝興(ともおき)を破った「高輪原の合戦」にも地名として登場する。
その後「高名輪」「高畷」などさまざまな表記の変遷を経て、正保期(1644〜48)には「高輪」がほぼ定着したと考えられている。
つまり高輪ゲートウェイは、古(いにしえ)からあった地名に、大木戸を現代風に「ゲートウェイ」とカタカナに置き換えて合体させたわけだ。暫定開業から5年を経てもなお異論を唱える人はいるが、長く使われるうちに受け入れる人も増えるだろう。
半面、大木戸の存在が忘れ去られていくのではないかという懸念はあり、その課題をどう克服するか問われている。
時代の流れに埋没しつつある四十七士
さて、高輪の名所といえば、何といっても泉岳寺だ。駅から徒歩8分。
もともとは徳川家康が現在の警視庁の近くの外桜田に創建した寺院で、火災で焼失後に高輪に移転してきた。1701(元禄14)年、松の廊下刃傷沙汰の罪を問われた浅野内匠頭と、2年後に吉良上野介邸に討ち入って切腹した赤穂四十七士の墓所がある。12月14日に行われる義士祭は、毎年多くの人が訪れる師走の風物詩だ。
戦前には『萬松山泉岳寺義士参詣記念繪葉書』も販売されていた。泉岳寺の山門をはじめ内匠頭と四十七士の墓、吉良の首洗い井戸などの写真をプリントしたものが、6枚セットで数種類あったようだ。「忠義の士」赤穂浪士の知名度は高く、全国から参拝者がやって来たため、土産として購入する人が多かったのだろう。都内屈指の観光名所だったことを物語る。
絵葉書にプリントされた泉岳寺表門。撮影年代は不明(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)
同じく絵葉書の四十七士の墓(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)
なお、義士祭は赤穂や京都山科などでも開催されるが、泉岳寺では浅野内匠頭が切腹した4月にも行われる。
『忠臣蔵』は昭和を代表する時代劇の題材だったが、時代とともに影が薄れ、NHK大河ドラマでは四半世紀前の1999年、先代・中村勘九郎主演の『元禄繚乱』が最後だ。
映画では、討ち入りにかかる膨大な予算の工面に大石内蔵助が翻ろうされる『決算!忠臣蔵』(2019年)や、深手を負った吉良上野介が死んでしまい、難局に陥った吉良家が弟を替え玉に仕立てて乗り切ろうとする『身代わり忠臣蔵』(2024年)があるが、どちらもコメディだ。もはや討ち入りを悲劇や美談として描くのは、時代錯誤なのだろう。
大木戸がゲートウェイとなり、四十七士の存在感が薄れていく──高輪は、社会の価値観の変容を映し出した地である。
【高輪ゲートウェイ駅データ】
- 開業 / 2020(令和2)年3月14日「暫定開業」、2025(同7年)3月27日に「TAKANAWA GATEWAY CITY」の“まちびらき”とともに「全面開業」
- 1日の平均乗車人員 / 1万1110人(30駅中第30位/2023年度・JR東日本調べ)
- 乗り入れている路線 / なし、JRは京浜東北線の停車駅
【参考図書】
- 『東京の地名由来辞典』竹内誠編 / 東京堂出版
- 『東京23区の地名の由来』金子勤 / 幻冬舎
山手線「駅名」ストーリー、全駅コンプリートしました。今回が最終回です。長い間、ご愛読ありがとうございました。
バナー写真:高輪ゲートウェイ駅(著者撮影)
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