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パリで見つけた帽子のクリーニング店

パリ市内15区、メトロのエミール・ゾラ駅に程近い閑静な一角に、そのクリーニング店はあった。店内に入るとカウンターの上にはきれいに仕上げられたジャケットやコートが掛かる。毎日、店頭に立つ91歳の父の傍らで、紺のポロシャツにジーンズ姿の店主ダン・カンタンさんは妻と顧客の応対に忙しい。どこにでもある家族経営の小さなクリーニング屋さんだ。実はこの店は、パリの帽子専門店から紹介を受けて訪れた。お気に入りのハ...

コラム:私の視点

文化 社会

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パリ市内15区、メトロのエミール・ゾラ駅に程近い閑静な一角に、そのクリーニング店はあった。店内に入るとカウンターの上にはきれいに仕上げられたジャケットやコートが掛かる。毎日、店頭に立つ91歳の父の傍らで、紺のポロシャツにジーンズ姿の店主ダン・カンタンさんは妻と顧客の応対に忙しい。どこにでもある家族経営の小さなクリーニング屋さんだ。

実はこの店は、パリの帽子専門店から紹介を受けて訪れた。お気に入りのハンチングが、さすがに5~6年も被っているとつばの部分の汚れが目立つようになってきた。東京・銀座の帽子専門店に相談したら、「きれいに使っていただくしかないですね」と帽子の汚れには打つ手がない、と言われてしまった。ダメでもともととパリに立ち寄ったついでに専門店に尋ねたら、「1軒だけ帽子のクリーニングを引き受けている店がある」と、その場で電話をかけてくれたのだ。

1960年に祖父が始めたクリーニング店はダンさんで3代目となる。近所の人たちからの通常のクリーニングの注文のほかに、ヴィンテージもののブランド服などを扱う店から「年代物の服の汚れを落とせないか?」と相談を受けたのがきっかけで、古い服のクリーニングを請け負うようになった。口コミで注文が増え、その延長で帽子のクリーニングも扱い始めたという。

「すべて手仕事の神経を使う効率の悪い作業なので、仲間の業者たちもやりたがらないんだ」。今やパリ中の帽子専門店からのクリーニング依頼を一手に引き受ける。最近は高級帽子ブランドのニューヨーク支店の紹介で、米国人からの問い合わせが急増しているという。帽子の汚れに悩む顧客は国境を越えて広がっている。

パリが19世紀半ば、ナポレオン3世の命を受けたセーヌ県知事、ジョルジュ・オスマンによって都市改造がなされ、凱旋門からの放射線状の幹線道路を備えた美しい街並みの近代都市として生まれ変わったのは、よく知られている。石造りの建物群は統一性が保たれ、路上の多少のごみなどは覆い隠し、この街の景観を他の都市にはない魅力的なものにしている。街の美観維持のため石造りの建物を19世紀のまま残し、中に新たにエレベーターを設置するなど、内装を現代人仕様に変える知恵が方々に生かされている。

美しいままで、なるべく長く使い続ける。この知恵が手垢で汚れた帽子をクリーニングして再生させ、さらに長く愛用してもらおうとのプロ意識につながっているのかもしれない。数日して戻ったハンチングは、すっかり生き返っていた。請求された料金は、受け取った時の満足度に比較してびっくりするくらい安価だった。

今年、ダンさんの娘が大学での研修を終わり、医師としてのキャリアをスタートさせる。「残念だけどクリーニング店は3代で終わりだな」。古き良き職人の店こそ、大切に生かし続けられないのだろうか?

バナー写真:パリの街角(PIXTA)

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