高止まるコメの価格:その理由と今後の見通し
政府が放出した備蓄米が店頭に並び始めた。しかし、4月の小売価格は前年同月の約2倍で、価格下落効果は限定的だ。昨年から続くコメ不足に加え、価格高騰など、コメを巡る異常事態は、なぜ起き、今後どのように解消されるのだろうか。
価格高騰の発端は2023年産米の需給の急変
2023年産米は、猛暑によって品質が著しく低下し、低価格米や加工原料用米の生産量が激減した。一方、コメの需要が急増したほか、品質低下によって精米時の歩留まりが下がることから、流通量を確保するために必要な玄米の量が増えた。
需要が急増した理由は、物価高騰の中でも価格が上がらず、コメは割安感があったからだ。加えて、コロナ禍が収束に向かい、外食産業やインバウンドの需要が回復。外国人人口の社会増も再燃し、24年は過去最高の34万人を記録した。在留外国人はコメ文化圏の国や地域の出身者が少なくないことも、需要を押し上げた。コメの端境期に当たる8月には「南海トラフ地震臨時情報」による備蓄意識の高まりもあり、コメが品薄となり価格が上昇した。
農林水産省は10月30日、品薄の原因分析と対策、今後の見通しを発表。しかし、備蓄米放出などについては言及せず、25年夏の品薄を予感させる数値を示した。こうした不安感がコメの争奪戦をさらに過熱させ、24年末からの価格急騰につながった。
小さじ1杯で流通や価格が変わる
コメには主食という必需品的な性格があるので、価格が変化しても需要量はさほど変わらない。このため需要や供給が少し変わるだけで価格が急変する。コメの過不足感の参考指標「6月末民間在庫量」は、180~200万トンが適正といわれ、その幅は20万トン。つまり、20万トン程度の需給の変化で価格が上下するということだ。玄米20万トンは2024年のコメ生産量の2.7%。精米すると18万トンになり、1世帯当たり3.3キロとなる。国民1人1日当たりでは4グラムで、小さじ1杯ほどだ。仮に40万トン変化しても、国民1人1日当たりにすれば小さじ2杯程度。わずかな量だが、流通や価格の乱れを招くのには十分な量だ。
価格急騰の真犯人と備蓄米が行き渡らない理由
コメはわずかな量の変化で価格が変わるので、価格急騰の“犯人”の断定は困難だ。意図的に計算して説明することもできる。このため、原因は1つだと強調する解説や、特定の要因を完全否定する主張は、誤りの可能性があるので注意が必要だ。
また、備蓄米が全てに行き渡らないのは流通の不調もあるが、そもそも量を考えれば当然の話だ。
JAの失敗と卸売業や外食などによる直接買い付け
JAは、1年間のコメの販売見通しなど考慮しながら、コメを集める際に農家に前払いする概算金を決める。2024年産米は、各地のJAが概算金を引き上げた。しかし、見通しが甘かった。概算金を大きく上回る金額で農家からコメを集める卸売業者はもちろん、外食業者や消費者も農家から直接調達するなど、コメ争奪戦のプレーヤーが増えたのだ。
その結果、JAグループなどの大手集荷業者はコメ集めに失敗。25年1月末時点で前年同月より集荷量が23万トン、在庫が48万トンとそれぞれ減った。
一方、大手卸売業は例年並みの在庫量維持に成功。高値で仕入れるリスクは、価格転嫁で解消できた。消費者を含む実需者の買い支えを背景に、大手コメ卸では過去最高益の更新や株価上昇が起きた。
備蓄米放出後も価格が大きく下がらない理由
政府は2025年1月、流通の目詰まりが起きた場合に備蓄米を放出できるルールを作った。原則1年以内に放出量と同等・同量のコメを買い戻すことが条件で、実質的な備蓄米の貸し付けだ。
流通対策が目的のため、農林水産省も江藤拓農相も価格に注目した放出ではないと当初は強調したが、日本銀行の指摘や石破茂首相の指示を受けて、ルールは徐々に価格対策の性格を帯びた。4月9日には、価格を落ち着かせるために備蓄米を毎月放出することを表明。政策目的は価格対策へと傾いた。
しかし、このルールは備蓄米を業務用にも流通できる仕組みなので、小売価格が下がらない方が、追加放出を増やせるとの思惑も働きうる。また、仕入れ値の上昇を価格に転嫁せずに耐え忍んだ学校給食や病院食、弁当屋、外食店などに流通した備蓄米の経済効果は、小売価格からは観測できない。
備蓄米放出後も価格が下がらなかった理由は、流通に時間がかかったこともあるが、(1)政策目的の変化に対応した政策手法(入札要件など)の見直しがない(2)政策効果を測定する指標を定めないまま備蓄米を放出した、という根本的な問題が背景にある。加えて、コメ争奪戦が過熱した後に備蓄米の放出が決まったことも要因だ。この時点でほとんどのコメは高値での取引が済んでおり、極端な買い控えがない限り、高い仕入れ値を転嫁して販売される。
さらに備蓄米は複数の品種をブレンドして流通するので、従来の銘柄米は「備蓄米が放出されたのに値下がりしない」という消費者の実感につながる。
精米工場で袋から出される政府備蓄米=2025年3月18日、埼玉県内(時事)
どうなる、2025年産米
こうした事態を受け、2025年は、8月20日までコメの仕向け先が変更できるよう、政策が変更された。需給状況に合わせて、農家は仕向け先を変えられることになった。コメが足りるか否か、注目すべきは水稲作付面積だ。
5月10日時点の法制度や各種データから、筆者が試算・予想した結果を図に示した。面積当たりの収穫量が平年並みの場合、理想の水稲作付面積は159万ヘクタール(前年より13万ヘクタール増)。主食用米は138万ヘクタールで不足感を解消できるのに対して、実際の作付面積は131〜143万ヘクタールと予想する。飼料用米や加工用米など非主食用米を含めて不足するコメは、(1)飼料用トウモロコシの輸入拡大(2)加工原料向けのコメ緊急輸入(3)備蓄米の買い戻し延期──で対処できる。
もっとも、備蓄米の買い戻し期限を延期すれば、政府保管の備蓄量が極端に減った状況がしばらく続くというリスクもある。もしも、凶作や大規模な自然災害が起きた際には、主食用米の緊急輸入ということになるであろう。
コメが「足りる」と「安くなる」は別の話
需給の動向は価格に影響するが、コメが「足りる」と「安くなる」は必ずしも同時に起こるわけではない。日本では確立したコメの商品市場がないことや、直近の状況から判断すると、集荷コストが小売価格に転嫁される可能性が高い。
しかも、コメの価格急騰対策を直接目的とする政策はない。仕向け先変更期限の緩和もあくまで不足対策だ。そこで政府は4月から流通対策の備蓄米放出を価格対策にねじ曲げることで、事態の鎮静化に取り組み始めた。
食糧法施行から30年、価格への国の関与を弱めようと政策変更を重ねて築き上げたのが現行政策だ。対して価格対策は始まってわずか1カ月。即座に事態を収束する妙案があるとは思えない。日本のコメの収穫は基本的に年1回。農業ならではの時間軸で2028年ごろまでの事態収束を目指し、しっかり対策を練るべきだ。
今後を占う2つのシナリオ
2024年のコメ争奪戦に敗れたJAは25年に巻き返しを図る。概算金の引き上げ・早期提示に加え、安定した価格での複数年契約を提示するJAもある。
これに対し、卸や外食・中食、小売業者などが24年産米と同様、積極的にコメを集め、争奪戦が過熱するか否かによって2つのシナリオがある。
過熱した争奪戦が起きなければ価格は落ち着く。備蓄米の追加放出によって価格が大幅に下落すれば、高値づかみしたJAがババ抜きのババを引く可能性がある。一方、争奪戦が過熱すれば価格はさらに高騰する。
筆者は25年も争奪戦が過熱すると予想する。(1)現在の価格帯でも極端な買い控えがない(2)協同組合のJA よりも民間企業の方が効率的にコメを集めやすい(3)大手の卸は業績の躍進でコメの買い付け余力を蓄えた(4)備蓄米の買い戻し期限が緩和されても、落札したJAなどは落札分と同量のコメを政府に売り渡す義務があり、その分を見越した集荷をするため品薄感が残る──などが理由だ。
また、コメを確保する意向が強まると予想される一方で、政局が不安定なために効果的な政策が打てない可能性もある。コメを十分増産できず、価格対策が後回しになれば、28年までは高値傾向は続くだろう。備蓄米や輸入米を除けば、5キロで4200~6500円、商品(銘柄)ごとに価格のバラツキは大きくなると予想する。
同じ事態を招かないために何が必要か?
コメの価格は農家がどこに、いくらで出すかで決まる。通常は価格が高い出荷先を選ぶが、米価高騰による国産米離れなど、中長期的に考えて判断することも考えられる。
コメ争奪戦が過熱すれば、JAを通じた販売は相対的に安値になりがちだ。このため、農家がJAを通じた販売を減らすか増やすかも重要な鍵を握る。JAを通さない方が高く売れる可能性があるが、JAは協同組合なので集荷率が下がれば、中長期的にみれば農家の価格交渉力も低下につながる恐れがある。大規模農家が企業と互角に交渉で渡り合えるのは、JAの集荷力が背景にある場合も少なくない。企業からみればJAが衰退するほど安くコメを調達できるだろう。
協同組合を通した流通で、価格の下落と安定に向かうか、それとも協同組合の衰退と企業の躍進による価格の下落と安定に向かうか──。2025年の農家の決断は、日本のコメの歴史において大きな分岐点となる可能性がある。今必要なのは、コメ農家がこのことを自覚し、出荷先割合をどうするのか熟考して決断することにある。
バナー写真:搬出される備蓄米保管倉庫から搬出される政府備蓄米=2025年3月18日、埼玉県内 (時事)
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