映画『ぶぶ漬けどうどす』:深川麻衣と室井滋が嫁姑役で競演、京都を裏まで味わい尽くす
京都の人が、早く帰ってほしい客に対して遠回しに言う言葉として知られる「ぶぶ漬けどうどす」をタイトルに掲げた映画。古都の老舗扇子店を営む家に嫁いだ主人公が、“強すぎる京都愛”ゆえに巻き起こす大騒動を描いたシニカルコメディだ。嫁姑(よめしゅうとめ)を演じた深川麻衣と室井滋に、撮影の裏側を語り合ってもらった。
憧れの古都に隠れた裏の顔とは
脚本家・アサダアツシが7年前から構想してきたオリジナル脚本を基に、冨永昌敬が監督した『ぶぶ漬けどうどす』。スリラーとコメディが混ざり合った独特の空気感を持つ作品だ。
主人公のまどか(深川麻衣)は創業450年の京扇子店「澁澤扇舗」の長男と結婚し、東京に暮らすフリーライター。京都の老舗の日常をコミックエッセイにしようと、夫の実家に身を寄せ、義母の環(室井滋)ら街の女将(おかみ)さんの取材を始める。
まどか(深川麻衣)と義母の環(室井滋)。澁澤扇舗13代目主人の義父・達雄(松尾貴史)は陰で“アホぼん”と呼ばれている ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
「本音と建前」を使い分ける京都人独特のしきたりに疎く、素直な言動が無神経と取られてしまうまどか。取材中の体験を赤裸々に描いたコミックエッセイは反響を呼ぶが、女将さんたちを怒らせてしまう。しかし学び始めた京文化の奥深さにますます魅了されたまどかは、失われつつある伝統を守るべく、意を決してその懐に入り込み、取材を続ける。やがてまどかの行動が街中を巻き込む大騒動へと発展していく。
まどかが憧れる京町家も環にとっては…… ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
―おふたりの役は嫁姑の関係ですが、まだ本格的には同居していない間柄でした。
室井 滋 私が演じたお義母さんも、元々は“アホぼん”(環の夫=松尾貴史)が13代目を継いだ老舗の扇子屋さんにヨソから嫁いできたわけだけど、息子が東京に働きに出ていることを考えると、家業はそれほどうまくいっていなかったのかな。いずれは帰ってきて継いでほしいと思っていたところへお嫁さんが先に来て、「女将さん修行をさせてほしい」と言ってくれたことは、お義母さんとしてもうれしかったと思うんですよ。
髷(まげ)をベレー帽のようにアレンジするのも、遊び心のある室井さんならでは!
室井 ところが、まどかさんはいきなりテレビのクルーを店に入れちゃったりするような人で。期待していたお嫁さんとはちょっと違うようだと気づいた頃には、すっかり街中が大騒ぎになっちゃって……。
深川 麻衣 まどか的には、何事にも前向きな気持ちで取り組んでいただけで、嫁姑関係は良好だし、「お義母さんも自分のことが好きなはずだ」って、信じていたと思います!
リポーターに促されるまま、「あの」フレーズをテレビカメラの前で口にするまどか。これが後に大騒動に…… ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
室井 アハハ。まどかさんがお義母さんに何か言われるたび、いちいち料亭の女将の梓さんに「これって本音ですか?」「それとも建前ですか?」って相談するのもおかしくて。
深川 最初は怒っていた梓さんが、あきれながらも「それは真に受けたらアカン」「それはお礼を言って受け取っといたらええ」って、付き合ってくれるんですよね(笑)。
まどか役をオファーした冨永監督は「深川さんしかない、もしダメだったら撮れないくらいの気持ちでした」と話す
―次第に暴走していくまどかの心情を、演じた深川さん自身は理解できますか?
深川 私としては「京都に対するまどかの歪んだ片思い」という解釈がしっくりきています。「コミックエッセイを成功させたい」という欲から始まってはいますが、途中で“ある事件”が起きてから、「お義母さんとお義父さんがいるこの家こそ、私の居場所なんだ」「この家がある京都という場所を守りたい!」と、どんどん周りが見えなくなって、自分が信じたいものだけを見るようになり、京都愛をこじらせていくんです。
コミックエッセイ「京都老舗赤裸々リポート」がテレビで紹介され、喜ぶまどかとイラスト担当の莉子(小野寺ずる) ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
室井 まどかさんが2回目にあの家にやってきた動機は私にも分かるな。ここで引いたら自分の存在価値がなくなってしまう気がして、「何が何でもここで踏ん張るしかない」という気持ちになったんじゃないかな。そこからさらに予期せぬ方向にお話が転がっていき、最終的にまどかが一皮むけるという、風変わりな成長物語でもあります。それこそ最初はオドオドしているような雰囲気だったのが、だんだん迫力が出てきて、最後は“極妻”みたいになっていく(笑)。まどかさんの変貌ぶりも見ものです。
女将連を引き連れて京都の裏路地を闊歩(かっぽ)するまどかは、まるで“極妻”? ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
オーバーツーリズム再燃の京都で撮影
撮影が行われたのは2023年11月。コロナ禍が収束に向かって初めて迎える紅葉の季節ということもあり、オーバーツーリズムの影響を実感したようだ。
室井 タクシーに乗ると運転手さんのぼやきが聞こえてきて。京都が今までとは明らかに違うフェーズに入ってきているのを肌で感じましたね。地元の方々が路線バスに乗れずに不便な生活を強いられているとか。ホテルをたくさん建てているけど、いずれは老人介護施設にするつもりらしいとか。映画にも怪しげな不動産業者が出てきますけど、ああいうトラブルも現実に起きているんだと思いました。
京都で不動産業を営むちょっと怪しい男・上田(豊原功補)を敵対視するまどか。エッセイでその悪行を暴こうとするが…… ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
ホテルはどこも満室で、京都のど真ん中でロケをしているにもかかわらず、宿泊先は滋賀県。京都では食事の場所を探すのも一苦労だったそうだ。
深川 「京都に行ったらあのお店に行こう!」って、撮影前からいろいろチェックしていたんですが、いざ撮影が始まるとなかなか余裕がなくて……。ある日、室井さんが「冷えるからあったかいうどんを食べに行こう!」と誘ってくださいました。
室井 撮影が終わる時間が読めないから、気になるお店があっても予約できなくて途方に暮れていたんだけど、たまたま撮影現場の近くにうどん屋さんを見つけて、何度か食べに行っていました。女将さんが親切で、お店がいっぱいでも台所の片隅で食べさせてくれたの。「あそこなら」と思って、深川さんもお誘いしました。でも、完成した映画を見たら、「あれ? まどかさん1人でおいしそうなごはん食べているじゃない!」って(笑)。
取材を始めたばかりのまどかに、料亭の女将・梓(片岡礼子)がいきなり京老舗の「本質」をささやく ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
深川 梓さんのお店で、おばんざいをいただく場面ですよね? おいしかったです(笑)。京都というとおばんざいやお総菜のイメージが強かったのですが、実は“京都グルメ”って幅が広くて、カレーや焼き肉も激戦区で名店がたくさんあるんですよね。室井さんは、本当においしいごはんに目がないですね!
室井 金閣寺のそばに「鷹峯 むろい」というお店があるのですが、店主が室井茂さんという方で。前に雑誌で見つけて、「へえー、私と同じ名前なんだ」と思って行ってみたら、すごくおいしくて。京都に行くたび通っていたのだけど、今回は行けなかったのが残念でした(笑)。
ある計画をまどかに邪魔され憤慨する環。まどかについて回る莉子はどんなネタも逃さない ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
やはり奥が深い京都
―町家の台所にある「おくどさん」と呼ばれる昔ながらのかまどでご飯を炊く場面も印象的でした。
室井 細長いお家の2階もお庭も丸ごと全部使って撮影させていただいたのですが、中でもお台所が素晴らしくて。「こんなにすてきな空間で、ご飯を炊いたりお出汁(だし)をとったりしているんだ」って。京町家のていねいな暮らしぶりがのぞけると思います。でも11月であの寒さだったから、真冬は相当冷えるだろうなあ。お義母さんが実はマンション暮らしに憧れるのも分からなくはないです(笑)。
食事の支度をする義母をよそに、台所でも「取材」に没頭するまどか。京町家の空間を存分に生かした画面作りも作品の魅力に ©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
深川 京都では毎月1日と15日にお赤飯を食べる習慣があることや、京町家の外壁に付けられた小さな鳥居にどんな意味があるのかなど、私自身もこの映画を通じて初めて知ることがたくさんありました。映画に登場する、銭湯を改装して作ったオシャレなカフェや、老舗の和菓子屋さんもセットではなく実在するお店なんです。
―実際に老舗扇子屋さんのお店を借りて撮影をされたとか。
室井 撮影の間も本物の若女将がお客様を案内されていましたね。京都の伝統文化を府外や海外の方に伝える活動もなさっている。間近で拝見して、「京都の老舗の扇子屋さんはただ扇子を並べて売っているだけじゃない」というのがよく分かりました。本当に偶然ですけど、20数年前からこのお店の扇子をお中元に贈っていたんですよ。不思議なご縁だなと思いましたね。
―名エッセイストでもある室井さんなら、どんな視点で京都を紹介しますか?
室井 そうねえ、私がまどかだったら、京都にあまたあるパワースポットに加えて、知られざる怨霊スポットみたいなところも取材するかな。京都には運が良くなる場所もあれば、 “縁切り寺”のような場所もあるじゃない? それこそ「本音と建前」じゃないけど、その両方を調べてリポートするんじゃないかな。
深川 うわあ、面白そう(笑)。読みたいです!
室井 「あれだけ合戦があった所だから、お化けもたくさんいるんじゃない?」って、想像してみたりして(笑)。
―「本音と建前」、やはり土地柄だと感じましたか。
室井 京都の人は見た目がはんなりして、物腰も柔らかくて優しそうな雰囲気を醸し出しているから、余計に「キツい」と感じられることもあるんでしょうね。でも京都に限らず、誰もが多かれ少なかれ、表と裏を使い分けているじゃない。京都はその奥がさらに深い。歴史があって、いろんな思惑が交錯する土地だと思うんです。その分、魅力的な人も多いですよね。
撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 出演:
深川 麻衣
小野寺 ずる 片岡 礼子 大友 律 / 若葉 竜也
松尾 貴史 豊原 功補
室井 滋 - 監督:冨永 昌敬
- 企画・脚本:アサダ アツシ
- 音楽:高良 久美子/芳垣 安洋
- 制作・配給:東京テアトル
- 製作国:日本
- 製作年:2025年
- 上映時間:96分
- 公式サイト:http://bubuduke.jp
- 6月6日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
予告編
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